「遺言書は大事」と聞いても、難しそうで書いたことがない人がほとんどでしょう。
実際、日本では毎年亡くなる人のうち遺言書を残す人は1割にも満たず、作成率は約8.8%に過ぎません。
従来、遺言書は紙に自筆で書いたり公証役場で作成したりするものでしたが、近年ではデジタル技術を使った新しい遺言の形も注目されています。
そこで今回は遺言書のデジタル化についてお話していきます。
遺言書の3つの形式とオンライン遺言サービスの登場
まず、遺言書には主に3つの方式(自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言)があります。
自筆証書遺言は自分で全文を手書きして作る方法で、手軽ですが、書式不備による無効や紛失のおそれがあります。
公正証書遺言は公証人役場で公証人と2人の証人立会いのもと作成する遺言で、公証人が原本を保管するため偽造や紛失の心配がなく、家庭裁判所での検認も不要です。
秘密証書遺言は、遺言内容を秘密にしたまま封印し、公証人に存在のみ証明してもらう方式です。
内容を秘密にできる反面、自宅で保管するため紛失・廃棄のおそれがあり、内容が無効でも発覚しない可能性もあり、現在ではほとんど利用されていません。
こうした中、2024年に電子署名の法律ガイドラインが改定され、正しく電子署名された電子文書は紙の書類と同様に本人が作成した本物とみなされるようになりました。
この流れを受けて、インターネット上で遺言書を作成・記録できる「オンライン遺言サービス」も登場しています。
遺言者が自分の意思を語る様子をビデオ録画し、その内容を電子文書にまとめて電子署名します。
さらに、公的な時刻証明であるタイムスタンプを付与し、その時点で文書が存在し以後改ざんされていないことを証明する仕組みです。

オンライン遺言サービスの法的リスク
便利なオンライン遺言ですが、現行制度上、いくつかの法的リスクが指摘されています。
第一に、民法が定める自筆証書遺言の方式とのギャップです。
民法では自筆証書遺言は全文と日付・氏名を自書し押印する必要があり、映像や電子データで作られた遺言はこの要件を満たさないため現状では法的効力が認められない可能性があります。
第二に、遺言データの紛失・廃棄・アクセス不能のリスクです。
紙の遺言書でも紛失や破棄される恐れはありますが、デジタルデータの場合はサービスの終了や機器の故障で遺言そのものが消失したり、パスワード忘失により誰も開けなくなる可能性があります。
第三に、相続開始後の検認手続きの問題です。
自筆証書遺言を自宅保管していた場合、相続人は遺言書を家庭裁判所に提出して検認という手続きを経る必要があります。
しかし純粋なデジタル遺言には検認の規定がなく、例えばUSBメモリに入った遺言データをどのように確認するかは法律上明確ではありません。
公正証書遺言や法務局保管の自筆証書遺言であれば検認は不要ですが、オンライン遺言はそのどちらにも該当しないため、相続人が扱いに困る可能性があります。

自筆証書遺言保管制度の活用と将来展望
現状では、現行の自筆証書遺言書保管制度を活用することが現実的な対策と考えられます。
この制度は2020年開始以来利用が拡大し、令和5年には1万9336件の遺言書が法務局に預けられました。
法務局で公的に保管すれば形式不備や紛失のリスクが減り、家庭裁判所での検認も不要になるメリットがあります。
オンライン遺言サービスで遺言を作成する場合でも、最終的には紙に出力して自筆署名し、この保管制度に預けておくなど現行制度との併用が望ましいでしょう。
将来的には、遺言の完全なデジタル化も見据えられています。
ブロックチェーン(改ざんできない分散型台帳)上に遺言を記録したり、スマートコントラクト(自動契約プログラム)で相続手続きを自動化したりする構想です。
例えば、生前に「自分が死亡したらNFTアートは長男に、仮想通貨は慈善団体に寄付する」といった条件をスマートコントラクトに設定しておけば、死亡時に自動で実行される仕組みも技術的には可能です。
ただ、このようなブロックチェーン遺言を法的に実現するには法整備が必要であり、本人の死亡情報を自動で契約に伝えるオラクル(外部データ連携)の課題など課題も残ると指摘されています。

まとめ
オンラインで遺言書を作成する仕組みは、デジタル技術の進歩によって生まれた新しい選択肢です。自宅にいながら遺言を残せる利点がある一方で、現行の法律と合わない点やデータ管理上のリスクにも注意が必要です。現時点では、デジタル技術を活用しつつも紙の遺言書や公的な保管制度を併用することが安全策と言えるでしょう。将来的には法改正やブロックチェーン技術の発展により、誰もが手軽に安心して遺言を残せる時代が来ることが期待されます。
【参考資料】
日本公証人連合会:令和6年の遺言公正証書の作成件数について
厚生労働省:人口動態調査
遺言制度研究会:デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会報告書のたたき台